前回のつづき
いくらコストダウンしたからと言っても、
2000年の赤字転落から黒字転換まで5年間も要した原因は何か?
製造業として当たり前のことをしなかったから、という単純なこと。
極端に設備投資が滞ったからである。10年間滞っていたと思う。

なぜしなかったかは、その当時の社長に聞いてみないと分からないし、
今、聞けたとしても本当のことは言わない気がするので、
その頃を思い出してみる。
高度経済成長が終わったとされる1973年以降も業績が伸び続けていた。
1962年に工場を移転した頃は、周りは物騒なくらい何もなく民家もまばらであったが、
徐々に住宅が増え、近くに小学校ができる頃になると、昼夜問わずダイカストの騒音、
トラックの出入り、リフトのバックブザーを鳴らしての操業が難しくなり、
郊外に土地を購入、工場を建設し移転したのは1980年。
移転と同時に中型機を3台増設、うち一台はその頃の中小企業には導入されていないサイズ。
それからは同業者の中でも比較的早く自動化を進め、最量販車の部品を受注していたこともあり、
昼夜で休みなく操業してもオーバーフローする状態で繁忙を極めた。
結果、収益も上がり資金も潤沢で、材料が値上がり基調のときなどは、利ざやを稼ぐ為に、
ダイカスト工場がアルミ精錬工場のようにアルミ地金が隅から隅まで置かれ、
軟弱な土地であったので地盤沈下をおこすのではと思うほどであった。

その頃までは良かったが、戦後必死になって働き、40年あまり経過したところで、
油断、慢心、おごりなのか、満足してしまったのか、急に設備投資が止まってしまった。
経営者の年齢もあったのだろうか、簡単に言うと守りに入ったと言うことか?
そこにコストカッターの出現でKO寸前となる。
私自身も経営トップへの批判や抵抗にエネルギーを費やし、
自らの職務を100%遂行していたとは言い切れない部分もあり、
KO寸前まで追い込まれた責任は私にもあると思っている。

過去を思い返すと、やはり設備投資の遅れは厳しく、
ものづくりの現場においての設備投資の重要性を痛切に感じたし、
今の日本の状況で、その遅れを取り戻すことは容易ではなく、更に経営を難しくさせている。

インドはどうなのか?
非常に複雑なことになっていることは間違いない。
日本の40~50年前に高性能の自動車、インターネットに携帯電話が存在している。
企業も同じで、日本の30年前の技術と経験のところへ、最新の設備や理論、
最新のマネジメント手法と情報が入り込んでいる。

この企業の資料をみると2003年の売上が2億5千万円、2007年の売上が25億4千万円となっていて、
売上が4年で10倍、2010年の計画は36億で14倍だ。(1ドル=100円)
ダイカストマシンの保有台数だけみても5倍以上になっていて、
更に2011年には20台以上の増設を検討している。
4年で10倍の成長は想像できないが、潤沢に資金があったことは確か。
ただ直近2年の伸びは10%以下の成長となり、過去7年間の状況とは様変わりで、
急に資金がつまってきたことで、社長がパニックになりかけている様子が見て取れる。

技術的にはそんなスピードでついて行けるはずはない。
設備や社員はお金を使って増やせるが、技術及び技術員はそう簡単に育たない。

マネジメントもインド人気質もあるのだろうけど、2億の売上規模のマネジメントでしかなく、
14倍の36億の売上規模のマネジメントをしているとは言い難い。

難しいのはその中でのインド全体の状況だ。
仕事は営業いらずで向こうから飛び込んでくる。
日・欧・印のメーカーが視察にきて見積依頼を出していくのを度々目にした。
この成長期に人・物・金・技術の成長をどうして行くのか、
設備投資をし続けてきた状況で売上の伸びが鈍化し、
資金繰りが厳しくなってきた状態での舵取りは非常に難しい。
インドは景気が良くてイケイケドンドンに見えるが、それはそれで難しい。